ラーマクリシュナ

インドのヒンドゥー教の僧侶と哲学者

ラーマクリシュナ (’’’Sri Ramakrishna Paramahamsa’’’, 1836年 - 1886年)、主要なヒンドゥー教の神秘家でした。 スワミヴィヴェカナンダの先生。

ラーマクリシュナ (1885)

引用

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  • たわわに実った木の枝は低く垂れる。偉大になりたければ、控えめで、従順で、謙虚でありなさい。
  • 死ぬってことをいつも心にとめておきなさいよ。何一つ、死から逃れられないからね。この世には何がしかの仕事をするためにやって来たんだからね。
  • この世に生まれること、死ぬこと、みんな手品のようなものさ。今いたのに、もういない。神だけが永遠の実在で、他は皆はかない幻だよ。水だけが永遠の実在で、水の泡はできたかと思うと、すぐ消える。泡は水に帰る。水から生まれて、同じ水に帰る。
  • あなたが学んだことをすべて忘れよ。もう一度子供になるのだ。そうすればその知を悟ることはたやすい。
  • 切のことは神の思し召しによってなされるのだ、という確信を得ると、 人は彼の手の中の道具にすぎなくなる。そのときその人は、今生において も、自由である。
  • 私は束縛なんかされていない、私は自由だ"と、いつもこの言葉を断固として言い続けていると、本当にそうなっていくんだ、自由になるんだよ。
  • 私の幸せ、いつ来るの? それ、その「私」を捨てたとき。
  • ただ一つのものがあるだけで、ほかには何もないんだよ。「私」がある間は、かの至高至聖のブラフマンが根源造化力という相(すがた)で、創造したり維持したり破壊したりしているように見せかけてくださっているだけだ。
  • 神だけが真実であり、永遠の実在であって、そのほかは皆、一種の錯覚であり、すぐ移り変わる頼りにならぬもの ── こう見きわめることを識別という。
  • 切のことは神の思し召しによってなされるのだ、という確信を得ると、 人は彼の手の中の道具にすぎなくなる。そのときその人は、今生において も、自由である。
  • 神さまはその人それぞれに、宗教・宗派ごとに、いろいろな拝み方を用意してくれてるんだ。
 
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