五来欣造

日本の政治学者、文学者
五来欣造

五来欣造(1875 - 1944)

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日本の政治学者。

『儒教の独逸政治思想に及ぼせる影響』(1929年)

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  • 支那の合理主義は一方に於て神秘的信仰を合理化して、儒教を実践的道徳教たらしめ、他の一方に於て専制政治を合理化して民本主義たらしめた。蓋し義務観念は合理主義の産物である。何となれば義務とは私慾や情熱を制して道理に就くことだからである。義務は支那道徳の根本原理だが、政治も亦この義務観念に依って支配せられた。そして人民の義務よりも君主の義務が重きものとされた。上の者の義務が下の者の義務よりも先とされた。従って人民が君主の為めに存在すと考へられたる従来の専制主義の代りに、君主は人民の為めに存在するといふ合理的専制主義が生み出された。これ民本的専制主義である。要するに神秘的信念の合理化として、宗教を重んぜずして道徳を重んじ、専制政治の合理化として、人民を君主の手段とせずして、却って君主を人民の手段と考へたこと、これ儒教の特質である。
  • 性悪論者が常に専制主義に終り、性善論者が常に自由主義に終る、その面白き対照は即ち刑名法術論と儒教の王道論の対照に発見せられるのである。
  • 儒教は自由の文字なくして自由の政治を理想としたのであって、この点に於て刑名法術主義が性悪説から出発して、法治的専制主義となったものとは全く正反対の思想である。
  • 基督教は外部的に神より来る霊的感化に訴へ、儒教は寧ろ人の内部理性の啓発にその力を用ひる。前者は宗教で後者は哲学である。
  • 欧州に於て救貧行政が政府の事務の一部として現はれたのは比較的最近のことで、英国に於てはエリザベスの時からである。然しそれも要するに慈善に過ぎないのであって、真の社会政策は十八世紀に至り、初めて啓蒙専制主義の学者が之を主張したものである。例えばライブニッツは国家の強制保険を説き、フォルフは労働の権利を宣言し、オルバックは国民工場の設立を説き、フレデリック大王は之等の提議を或る程度まで実行した人である。ビスマークがその国家社会主義を以て、社会政策を実行したのは、プロシヤの伝統と、フレデリック大王の事業を継承したものであると説くのは大いに興味あることである。果してその間に儒教の社会政策の観念が影響して居るのではあるまいか。
  • 家族は単にその構成員の安全を確保し、その慰安を求むる場所ではなくて、国家の教化機関であり、学校である。即ちこの学校に於ては、各人は国家の機能に貢献する能力を取得するのであって、その能力とは即ち道徳是である。要するに、家庭の生活は公共的生活であって、その構成員の関係は公共的関係である。従って東洋に於ては総べてが礼に依って支配せられ、慈愛よりは訓練が更に多く行はれるのは決して怪しむに足りない。即ち儒教の家庭は常に意志の緊張を必要とする処であって、西洋の家庭が慰安休息の場所であると云ふのとその類を異にして居る。故に欧州には幸福あり、極東には秩序ありと言ひ得るであらう。
  • 儒教を以て単純なる専制主義となすのは皮相の見解であって、君主の徳を以て政治の本であると考へる思想の根底には、上先づその義務を尽せば下も亦その義務を尽さんとの社会連帯主義の原理が含まれて居ることが明白である。唯それが上下の階級に別れたる連帯関係であると云ふ点に於て、今日の平等なる社会に行はるゝ連帯関係と相違する丈けである。
  • 私は常に思ふ。西洋に於て斯くの如く、階級闘争と之に伴ふ社会主義の発生が、その社会的平和を撹乱しつゝあるに反し、何が故に東洋に於ては、斯の如く階級調和の実が数千年の文化を支配し、少しも階級闘争と、社会主義の痕跡が無かったか。西洋の歴史はマルクスが喝破した如く、「人類のこれ迄の歴史は階級闘争の歴史」なる事が真実であるのに、何故に東洋歴史は階級協力の歴史であったか。斯うした東西両文明の差別の秘密は、要するに西洋に於ては、上層階級下層階級共に権利を主張して利己の外何者も無かったが、之に反して東洋に於ては、上下その義務を重んじ、殊に上層階級の下層階級に対する義務を説く事厳粛であったからである。
  • 啓蒙専制主義は、[...]儒教と同じく君主に義務を教へるものである。ウォルテール「今日に於て必要なるものは、ルーテルやカルヴイン時代の革命ではなくて、為政者の精神内に於ける革命である。」と云ふ一言は最も良くその救済策の要点を突いたものである。
  • 現代に於ける社会革命の脅威が、世界を支配して居るのも、等しくこれ資本主義に現れたる上流階級の利己主義にその原因を発する。従ってその救済策も亦、その資本家階級に犠牲を説き、義務を教へる事に在る。是れフランスに起った社会連帯主義の主張の精神であって、今日に於てこの主張が最も時弊に適中するのは之が為である。
  • この上級階級に義務を教ゆると云ふ点が、儒教と社会連帯主義の共通点であって、これ以外に今日の革命主義の脅威に対して、世界を救ふべき良剤は無いのである。近時世界大戦後に於て、儒教の研究が再び西洋に擡頭し来つたといふ事は、要するに西洋文明の権利主義、利己主義に対する東洋文明の義務心、殊に上層階級の犠牲を教ゆる特長に着眼しつゝある世界の傾向を暗示するものではあるまいか。
  • 啓蒙専制主義発生の第一原因は、当時の専制政治の腐敗に対する薬剤として、此新政治体系が必要であった事、第二原因は当時の独逸の如き貴族の勢力の盛んな国家には、此政治体系が社会統一に必要な圧力を提供せしこと、第三原因は、当時宗教が腐敗した為め、精神統一の権威を失って、非宗教的風潮が盛んとなったのに対し、啓蒙専制主義は之に代るべき社会的新理想を提供したこと是である。

『雄弁』 「日米戦ふの日ありや否や―本誌主催学生大討論会」(1930年, 8月号)

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  • 此討論は純学術的の討論であります。従来の擬国会には色々な方法がありますが、政党に分けて大臣を設けてやると云ふことは一種の議会の真似でありまして、中には遂に議会の暴力沙汰などを模倣するやうな悪風習になりますから、どうしても是からの討論会は全く英国のケンブリツヂ、オツクスフオードに於て採用されて居る純粋なるデベート、学術的なる討論の形を採ることが最も必要である。

『ファッショか共産主義か』 (1932年)

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  • ファッショとは階級的の利己主義に対する弾圧であって、国民経済の統一と、階級の調和を行うものであるとこう言うことができる
  • ヨーロッパは無産階級の利己主義、即ち世界大戦以来、労働者の勢力、無産階級の勢力が余りに強くなって、資本を食い荒らして遂に行き詰まった。これに対して反動的に起こったものは今日のファッショ運動である。そういう意味においてファッショは、階級的利己主義に対して、国民本位の政治、即ち全体主義を主張している次第である
  • 階級の利益だけを計れば、国の窮乏となって、労働階級それ自身も、又遂に衣食の欠乏を来すという事実を、我等はかのロシアにおいて現実に見るのである

『文明一新の先駆イタリヤ』 (1933年)

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  • ファッショの正面の敵はマルクス主義であり、共産主義である。マルクスの唯物主義は人類の文明全体を崩壊に帰せしめ、唯その物質的なる私慾を遂げんが為に、伝統的なる国家を破壊し、宗教を破壊し、家族を破壊し、道徳を破壊し、所有権を破壊せんとする。その恐るべき破壊力が彼等ファッショを立たしめたる根本原因なのである。言はばファッショは人類の社会保存力の自然発生である。
  • ファッショは如何なる国に於ても共産主義と戦ふべき運命におかれている。否ファッショの発生こと、国家生活を脅すところの共産主義を撲滅することを目的としたものである。だから若し共産主義が継続するならば、これと戦はんが為にファッショも亦常に継続するであらう。若し共産主義が亡びるならば、ファッショは遂に存在の理由を失ひ、自ら滅亡の運命を辿るであろう。

『政治思想』 (1934年)

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  • この政治理想の研究といふことは、非常に大切なことであるが、その研究をなすものが即ち政治哲学である。換言すれば、政治哲学の対象は政治理念である。新たなる政治理想を提出する学説は、それは一つの政治哲学である。昔から或る政治理想を実現するために努力してゐる国家がありといふならば、必ずその国に政治哲学がなければならぬ。かういふ意味から、西洋の各政体に各々その政治哲学がある。
  • 元来性悪論者は常に専制主義に終り、性善論者は常に自由主義に終る。
  • 現代に於ける社会革命の脅威が、世界を支配して居るのも、等しくこれ資本主義に現れたる上流階級の利己主義にその原因を発する。従ってその救済策も亦、その資本家階級に犠牲を説き、義務を教へることに在る。これ仏蘭西に起った社会連帯主義の主張の精神であって、今日に於てこの主張が最も時弊に適中するのは之が為である。
  • この上級階級に義務を教へると云ふ点が、儒教と社会連帯主義の共通点であって、これ以外に今日の革命主義の脅威に対して、世界を救ふべき良剤は無いのである。近時世界大戦後に於て、儒教の研究が再び西洋に擡頭し来つたといふ事は、要するに西洋文明の権利主義、利己主義に対する東洋文明の義務心、殊に上層階級の犠牲を教へる特長に着眼しつつある世界の傾向を暗示するものではあるまいか。

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