吉田茂

日本の第45・48・49・50・51代内閣総理大臣 (1878-1967)

吉田茂(1878年9月22日 - 1967年10月20日)、よしだ しげる。日本の内閣総理大臣(第45代・第48 - 51代)、外交官。

吉田茂

引用句

編集
  • “自衛戦争という概念自体が有害”答弁
    • 戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定しておりませんが、第九条第二項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したのであります。
    • 近年の戦争の多くは国家防衛権の名においておこなわれたることは顕著なる事実であります。故に正当防衛権を認むることが偶々戦争を誘発する所以であると思うのであります。……正当防衛を認むることそれ自身が有害であると思うのであります。
    • 1946年6月に衆議院帝国憲法改正案特別委員会で、日本共産党の野坂参三に自衛戦争は認めるべきでないかと質され
  • “労働組合不逞の輩”発言
    • この悲しむべき経済事態を利用し、政争の目的のために徒らに経済危機を絶叫し、ただに社会不安を増進せしめ、生産を阻害せんとするのみならず、経済再建のために挙国一致を破らんとするが如き者あるにおいては、私は、我が国民の愛国心に訴えて、彼らの行動を排撃せざるを得ないのであります。……一般に労働問題の根本も、生活不安、インフレが目下の問題であり、これが解決は生産の増強以外にはないのであります。然るに、この時に当たり、労働争議・ストライキ・ゼネストを頻発せしめ、市中にデモを行い、人心を刺激し、社会不安を激成せしめて、敢えて顧みざる者あるは、私の誠に心外に耐えぬところであります。然れども、私はかかる不逞の輩が我が国民中に多数ありとは信じませぬ。
    • 昭和22年1月1日のNHKラジオ第1放送「年頭の辞」で 二・一ゼネストの動きを念頭において
  • 馬鹿野郎
    • 1953年2月28日の衆議院予算委員会で、社会党右派の西村栄一に質問でやり込められ、思わず呟く。これが原因で衆議院は解散、総選挙に発展した。バカヤロー解散も参照。
  • ええ、私はを食っていますから。
    • 記者の「総理、お元気ですね」に答えたダジャレ
  • 自衛隊は戦力なき軍隊
    • 自衛隊が軍隊であるかどうかということは、軍隊という定義にもよりますが、とにかく憲法においては交戦権がないという制限がある以上は、ただちにこれをもつて普通の意味の軍隊と申し得るか、申し得ないか、これは疑問であります。しかしながらお話のように、アメリカ軍が撤退して、日本の保安隊が自衛隊となつて、そして直接侵略にも備えるということになれば、従来の性質を一歩進めたものと言わざるを得ないと思います。しかしながらそれが軍隊でありやいなやということについては、軍隊という定義にもよりますが、これにいわゆる戦力がないことは明らかであります。それから統帥の点についてはなお研究いたします。
    • 昭和28年11月03日 衆議員予算委員会
  • 若き自衛官へ
    • 君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。
    • 防衛大学校第一期生卒業アルバム編集者にたいして吉田邸にて
  • その他
    • 忙しいと疲れたは、自慢にならん。
    • 忍耐がどんな難問にも、解決策になる。
    • 今に立ち直る。必ず日本は立ち直る。
    • 戦争に負けて、外交に勝った歴史はある。
    • 三千年、いや四千年生きたい、しかし人は死ぬ。しかしは生き続ける。
    • 大志を抱けば、天下何ものか恐るるに足らず。
 
Wikipedia
ウィキペディアにも吉田茂の記事があります。