大津皇子

日本の飛鳥時代の皇族

大津皇子おおつのみこ、663年-686年)は天武天皇皇子。大来皇女は同母姉。

大津皇子からの引用

編集

辞世の句

編集

『万葉集』『懐風藻』所収の辞世の詩歌。ただし中西進らに後代の仮託とする説がある。

  • あしひきの山のしづくに妹待つとわれ立ち濡れぬのしづくに
    足日木乃山之四付二妹待跡吾立所沾山之四附二--『萬葉集』巻二
  • ももづたふ磐余の池に鳴くを今日のみ見てや雲隠りなむ
    百傳磐余池尓鳴鴨乎今日耳見哉雲隠去牟 --『萬葉集』巻三
  • 金烏西舎にらひ/鼓声短命を催す/泉路賓主無し/此夕家離りて向ふ --『懐風藻』「臨終」
    金烏臨西舎/鼓聲催短命/泉路無賓主/此夕離家向
    • 現代語訳:陽が西の建物を照らし/時刻を知らせる太鼓の音が命を縮めるのを促す/黄泉路には客も主人もない/この夕べいまの世の家を離れて向かおう
    • 結句は異本に「此夕誰家向」(此夕誰か家に向かう、この夕べどこへ向かうのだろう)とも作る。

大津皇子に関する引用

編集
  • 万葉集巻第2 105、106番(姉の大来皇女に会うために伊勢神宮に下向した時に大来皇女が作った歌)
    • わが背子を大和に遣るとさ夜深けてあかとき露にわが立ち濡れし
    • 二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君が独り越ゆらむ
  • 万葉集巻第2 163、164番(処刑後、大来皇女が退下・帰京途上で作った歌)
    • 神風の伊勢の国にもあらましをなにしか来けむ君もあらなくに
    • 見まくりわがする君もあらなくになにしか来けむ馬疲るるに
  • 万葉集巻第2 165、166番(二上山に移葬されたとき、大来皇女が作った歌)
    • うつそみの人なる我や明日よりは二上山をいろせが見む
    • 磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君がありと言はなくに


 
Wikipedia
ウィキペディアにも大津皇子の記事があります。