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*高砂や 此(この)[[船|浦舟]]に帆をあげて 此浦舟に帆をあげて [[月]]もろともに出でしほの 波の淡路の島陰(かげ)や 遠く鳴尾の沖すぎて はや [[住江|住の江]]に着きにけり。はや住の江に着きにけり。
**『高砂』
 
*千秋樂は民を撫で 萬歳樂には[[生命|命]]を延ぶ 相生の松風 颯々の聲ぞたのしむ 颯々の聲ぞたのしむ
**『高砂』
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*老をだに養はゞ。まして盛の人の身に。薬とならばいつまでも。御寿命も尽きまじき。泉ぞめでたかりける。実にや玉水の。水上すめる御代ぞとて流の末の我らまで。豊にすめる。嬉しさよ。
**『養老』地歌
 
*実にも薬と思ふより。老の姿も若水と見るこそ嬉しかりけり。
**『養老』地歌
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別名『花伝書』(『花傳書』)
*我が位の程々よくよく心得ぬれば、その程の花は一期失せず。位より上の上手と思へば、元ありつる位の花も失するなり。
 
*申樂、神代の初まりと言ふは、[[アマテラス|天照太神]]、天の岩戸の籠り給ひし時、天下とこやみになりしに、八百萬の神だち、天の香具山に集まり、おん神の御心を取らんとて、神樂を奏し、細男をはじめ給ふ。中にも、あまのうずめのみ子すすみ出で給ひて、さかきの枝にしでを付けて、聲をあげ、ほどろ焼き踏みとどろかし、神がかりすと、謡ひ舞ひかなで給ふ。……。その時の御遊び、申樂の初めと云々。
 
*そもそも、藝能とは、諸人の心をやはらげて、上下の感を成さん事、壽福増長の基、か齢延年の法なるべし。……。されば、いかなる上手なりとも、衆人愛敬欠けたる所あらんをば、壽福増長の仕手とは申し難し。
 
*上手は下手の手本、下手は上手の手本なり。
 
*稽古は強かれ、情識は無かれ。
 
*秘すれば花。秘せずば[[花]]なるべからず。
 
*されば、この[[道]]を究め終りて見れば、花とて別には無きものなり。
 
==== 『花鏡』 ====
*しかれば流に能一徳の一句あり
*初心不可忘 此句 三ヶ条の
**是非初心不可忘
**時々初心不可忘
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*::「初心」とは芸の未熟のこと。
*::初心不可忘は唐の詩人、劉禹錫(字・夢得 772-842)の詩「詠古二首有所寄」の末にある言葉である。
* 幽玄の堺(さかい)に入る事 …ただ美しく柔和なる体(てい)、これ幽玄の本体なり
*見所より見る所の風姿は我が離見也
*離見の見にて見る所は、即、見所同心の見也
*序の、本風の、直ぐに正しき体を、細かなる方へ移しあらわす体なり。その日の肝要の能なり
 
==== 『申樂談儀』 ====
*井筒、通盛など、直なる能なり。実盛、山姥も、そばへ行きたる所あり。
**自作についての評。「側へ行きたる」はわき道に逸れたと通例解釈される。
 
*静かなりし夜、砧の能の謡を聞きしに、かようの能の味はひは末の世に知人あるまじければ、書き置くも物くさきよし、物語せられし也。
 
*砧の能、後の世には知る人有まじ。物憂き也。
**自作『砧』について。
 
== 『拾玉得花』 ==
* 能能安見するに、万象、森羅、是非、大小、有生、非生、ことごとく、おのおの序破急をそなえたり。鳥のさへずり、虫の無く音にいたるまで、其分其分の理を鳴くは、序破急なり
 
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