「雀」の版間の差分

fmt, 関係ないもの(ツバメ)を除去 聖書からふたつ
(category)
(fmt, 関係ないもの(ツバメ)を除去 聖書からふたつ)
[[w:雀|'''''']](すずめ)についての引用、諺
 
== 出典の明らかな引用 ==
*萬軍の主、我が王、我が神よ、雀も己の宿りを獲、燕も己の巣を獲て、雛を爾が祭壇の傍らに置く。『[[聖詠経]]』第83(『[[w:詩篇|詩篇]]』84:4)[[w:東方正教会|正教会]]訳
*雀の子そこのけそこのけお[[馬]]が通る -[[小林一茶]]
**この箇所では伝統的に「雀」が訳語として用いられてきた。ウルガータでも"Etenim passer invenit sibi domum"、すなわち「雀はまさに己の家を見出し」となる。一方、マソラ本文に基づく近代の訳では「雀」ではなく「鳥」([[w:新共同訳聖書|新共同訳聖書]]など)となっている。
*我と来て遊べや[[親]]のない雀 -小林一茶
 
*二の雀は一銭(アッサリイ)にて售(う)られるに非ずや、若し爾等の父の旨なくば、其一も地に隕ちざらん。……故に懼るる勿れ、爾等は多くの雀より貴し。『[[マタイによる福音書]]』(マトフェイに因る聖福音)10:29、31、正教会訳。
**「一銭」は原文では一アサリオン。非常に安価であった。
 
*[[燕]][[]](えんじゃく)いずくんぞ[[]][[]](こうこく)の志(こころざし)を知らん --司馬遷『[[史記]]』陳渉世家
*:燕雀安知鴻鵠志。
**鴻鵠は大型の鳥。
 
*[[w:勧学院|勧学院]]の雀は蒙求(もふぎう)を囀(さへづ)る - -『[[]]』
 
== 帰せられるもの ==
*雀の子そこのけそこのけお[[馬]]が通る --[[小林一茶]]
*我と来て遊べや[[親]]のない雀 --小林一茶
== 諺 ==
*[[燕]][[雀]](えんじゃく)いずくんぞ[[鴻]][[鵠]](こうこく)の志(こころざし)を知らん -『[[史記]]』-陳渉世家
*:燕雀安知鴻鵠志。
*[[w:勧学院|勧学院]]の雀は蒙求(もふぎう)を囀(さへづ)る - 義經記
*雀が[[朝]]早くさえずるときは[[晴れ]] -日本の諺
*雀が水浴びすると晴れ -日本の諺
*[[鷹]]の前の雀 -日本の諺
 
* ''"{{lang|de|Besser ein Spatz in der Hand, als eine Taube auf dem Dach."}}'' --[[ドイツの諺]]
** 直訳:手の中の雀は、屋根の[[鳩]]よりもよい。
** 意味:遠くにあるよいものより、近くにある劣ったもののほうがよい。
** 多言語による[[諺: Ein Spatz in der Hand]]
 
* 一羽の燕が春をもたらすのではない。 -[[フランスの諺]]
*:Une hirondelle ne fait pas le printemps.
:: 意味:何かを本当だと証明するには、多くの証拠が必要だ。
[[category:鳥類|す 雀]]
5,740

回編集