「妻」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
 
* 夫たるもの、如何程美しき妻を持ちたりとも、心愚にて目先が利かず、客に酒一ツ呑まするにも、もしへ〳〵と、夫を度々勝手へ呼ぶやうなる気転の利かざる妻を持つは、其人一代幾らの損あるか知るべからず。されど妻が夫より才が優れば、悪くすると夫を尻に敷くなり。夫の馬鹿を人にかくし、陰にて諫めるは賢女といふべし。 -- [[山東京山]]『教草女房形気』(1846年)
 
* 日本婦人の教育程度の向上は、すべての意味で喜ぶべき事である。現在では、この教育程度向上のお蔭で、黒人(くろうと)上がりでない限り、日本の上流婦人は女学校卒業程度以上の学力あるものと限られているようである。最近の分では、賢母良妻主義凋落(ちょうらく)以後の教育を受けた若い婦人が沢山にある。そのような女性の最も多く進出する処は、云う迄もなく東京であった。然るに、維新後の日本の教育は、智識教育に偏り過ぎていた。本能、真情等の、所謂人間味の教育の方はお留守になっていた。[...]彼女達は、嫁いだ家、又は夫の名誉、手腕、財産等に奉仕せねばならぬ不平を、何者かに依ってなぐさめてもらわねばならぬ理由を持っていた。 -- 夢野久作『東京人の堕落時代』(1925年)
 
{{disputed begin}}
匿名利用者