「沈黙」の版間の差分

シリヤのイサアク
(fmt, 「帰せられるもの」セクションを除去、en:English proverbsを参照しつつ諺節に編入、+関連項目)
(シリヤのイサアク)
 
* 沈黙していることは最大の責め苦である。[[聖人]]でさえ己に沈黙を課し得ない。 -- [[ブレーズ・パスカル]]『瞑想録』
** {{lang|fr|Le silence est la plus grande persécution; jamais les saints ne se sont tus.}}
 
* {{ruby|沈黙|ちんもく}}を{{ruby|殊|こと}}に{{ruby|愛|あい}}せよ、{{ruby|何|なん}}となれば{{ruby|汝|なんぢ}}を{{ruby|結果|けっか}}に{{ruby|近|ちか}}づかしむればなり、されど{{ruby|舌|した}}は{{ruby|此|こ}}の{{ruby|事|こと}}を{{ruby|言|い}}ひ{{ruby|顕|あらは}}すに{{ruby|無力|むりょく}}なり。{{ruby|先|ま}}づ{{ruby|沈黙|ちんもく}}に{{ruby|己|おのれ}}を{{ruby|強|し}}いん、その{{ruby|時|とき}}は{{ruby|沈黙|ちんもく}}によりて{{ruby|真|まこと}}の{{ruby|沈黙|ちんもく}}に{{ruby|至|いた}}らしむべきものを{{ruby|我|われ}}らの{{ruby|為|ため}}に{{ruby|生|しょう}}ぜん。{{ruby|沈黙|ちんもく}}によりて{{ruby|生|しょう}}ずるものを{{ruby|神|かみ}}は{{ruby|汝|なんぢ}}に{{ruby|感知|かんち}}せしめん、されど{{ruby|此|この}}の{{ruby|生涯|しょうがい}}を{{ruby|始|はじ}}むるならば、{{ruby|此|こ}}れより{{ruby|光|ひかり}}は{{ruby|幾何|いくばく}}{{ruby|汝|なんぢ}}に{{ruby|輝|かがや}}くべきか、{{ruby|予|よ}}は{{ruby|之|これ}}を{{ruby|言|い}}ふことも{{ruby|能|あた}}はざるなり。 -- シリヤのイサアク『シリヤの聖イサアク全書』「第41説教 沈黙の事」
 
==諺==
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