釈迦

紀元前の北インドの人物、仏教の開祖

ゴータマ・シッダッタ(Gotama Siddhattha)。シャカ族の出身、仏教の創始者。釈尊(しゃくそん)、仏陀(ぶっだ)とも尊称される。

仏教経典(スッタ;sutta)は釈迦の言動を集めたとされるが、現在の仏教学内の研究では釈迦本人の発言を復元できないことで一致している。以下は初期仏教経典に釈迦の言として収録されているものである。

伝統的に釈迦に帰せられて来たもの

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ダンマパダ

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法句経とも。423行の短編散文詩。伝統的に、釈迦が折々に受けた質問への答えであるとされる。釈迦自身の言説を含む可能性がもっとも高い経典のひとつである。

  • およそものごとは、意思をその基本とし、意思をその主とし、意思によってそれが創り出される。牛車を引く牛の足跡に車輪の痕跡がついていくように、もしも汚れた意思で話し、行えば苦しみはその意思をもつ人についてくる。
  • およそものごとは、意思をその基本とし、意思をその主とし、意思によってそれが創り出される。からだから影がついて離れないように、もしも清らかな心で話し、行えば楽しみはその意思をもつ人についてくる。
  • もしも、「彼は、私を面罵し、殺そうとし、打ち勝った。私からものを強奪した。」という想念をもつ人がいたならば、その人は決して怨みという苦しみが止むことはない。
  • 真にこの世において怨みに報いるために怨みをもってこれをしたならばすなわち怨みのやむことはない。怨みを捨ててこそ怨みはやむ。これはすなわち永遠の真理である。
  • よく調えられた人こそが、他人を調えるべきである。ただ、まことに己というものほど調えがたいものはない。

スッタ・ニパータ

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経集とも。

  • 蛇の毒が広がるのを薬で抑えるように、怒りが起こるのを抑える修行者たちは、蛇が脱皮するようにこの世という実態なきものを捨て去る。
  • 我は考えるから、有る、という、迷いの不当な思惟の根本を全て静止せよ。内に存するいかなる迷執も良く正しく導くために、常に心して学べ。

外部リンク

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Wikipedia
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