大乗仏教
ユーラシア大陸の中央部から東部にかけて信仰されてきた仏教の分派
出典の確かなもの
編集- シャーリプトラよ、「かたちあるもの」は「空」の原理を離れていないし「空」の原理も「かたちあるもの」を離れていない。なぜなら、「かたちあるもの」が「空」の原理であり、「空」の原理も「かたちあるもの」だからなのだ。また、感覚も、現象も、意思も、知識も、その通りである。
- 「空」の原理とは、すべての存在するものであり、すべての存在するものは、実体がない。それは、生じたり産まれることも、滅したり死ぬこともなく、汚れることも、清らかになることもなく、増えることも、減る事もない。だから、「空」の原理には、「かたちあるもの」も、感覚も、現象も、意思も、知識もなく、眼、耳、鼻、舌、体、心もなく、かたちも、声も、香りも、味も、触れる事が出来るものも、心を向けることができるものもない。
- 『般若心経』
帰せられるもの
編集- 全世界で、私ほど尊いものはいない。(天上天下唯我独尊)
- 釈迦出生時の発言とされる。
- シャーリプトラよ、わが弟子たちよ、もしもいろいろなやり方で、いろいろな人に最も相応しい適切な真理が説かれ、それによりあるひとつの真理を得る事ができたならば、悟りを得たものになることができるのだ。
- 『法華経』(saddharmapuNDariika-suutra)。
- 漢訳仏典圏では、鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』が、広く用いられている。この経典は、編纂した教団の置かれていた社会的状況を示唆しているという説があり、それによれば、この教団は出家しない在家の大衆部の人たちで構成されていたと考えられる。誰でも成仏できる(二乗作仏)という思想を特徴とする。