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==『儒教の独逸政治思想に及ぼせる影響』(1929年) ==
* 支那の合理主義は一方に於て神秘的信仰を合理化して、儒教を実践的道徳教たらしめ、他の一方に於て専制政治を合理化して民本主義たらしめた。蓋し義務観念は合理主義の産物である。何となれば義務とは私慾や情熱を制して道理に就くことだからである。義務は支那道徳の根本原理だが、政治も亦この義務観念に依って支配せられた。そして人民の義務よりも君主の義務が重きものとされた。上の者の義務が下の者の義務よりも先とされた。従って人民が君主の為めに存在すと考へられたる従来の専制主義の代りに、君主は人民の為めに存在するといふ合理的専制主義が生み出された。これ民本的専制主義である。要するに神秘的信念の合理化として、宗教を重んぜずして道徳を重んじ、専制政治の合理化として、人民を君主の手段とせずして、却って君主を人民の手段と考へたこと、これ儒教の特質である。
* 性悪論者が常に専制主義に終り、性善論者が常に自由主義に終る、その面白き対照は即ち刑名法術論と儒教の王道論の対照に発見せられるのである。
* 儒教は自由の文字なくして自由の政治を理想としたのであって、この点に於て刑名法術主義が性悪説から出発して、法治的専制主義となったものとは全く正反対の思想である。