宮沢賢治

日本の作家 (1896-1933)

宮沢賢治 (みやざわ けんじ,1896-1933)。日本の明治・大正時代の詩人、童話作家、農学者。生前発表された作品はごく僅かで、多量の未発表作品が死後刊行された。そのなかには題がなくて、便宜的に題が附されたものが多いことに注意せられたい。

宮沢賢治

情報源の明らかなもの 編集

春と修羅 編集

  • わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です。
    • 序より
  • さつき火事だとさわぎましたのはでございました
    もう一時間もつづいてりんと張つて居ります
    • 「報告」
  • けふのうちに
    とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
    みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
    (あめゆじゅとてちてけんじゃ)*
    • 『春と修羅 第二集』「永訣の朝」冒頭句
    • *(雨雪を取ってきてください)の意。
  • 太刀稲妻萱穂のさやぎ
    獅子の星座に散る火の雨
    消えてあとない天のがはら
    打つも果てるもひとつのいのち
    • 「原体剣舞連」
  • みんなのほんたうの幸福を求めてなら
    私たちはこのまゝこのまっくらな
    海に封ぜられても悔いてはいけない。
    • 『春と修羅』補遺 - 宗谷挽歌
  • 南から
    また東から
    ぬるんだ風が吹いてきて
    くるほしく春を妊んだ黒雲が
    いくつもの野ばらの藪を渉つて行く
    • 『春と修羅 第三集』「作品第一〇二三番」冒頭

注文の多い料理店 編集

  • イーハトヴは一つの地名で夢の國としての日本岩手縣であります
    • 広告
  • わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
    またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
    わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
    これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
    ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
    ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
    ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
    けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

雨ニモマケズ 編集

  • ニモマケズ
    ニモマケズ
    ニモノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ
    慾ハナク
    決シテ瞋ラズ
    イツモシヅカニワラツテヰル
    一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ
    アラユルコトヲ
    ジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリ
    ソシテワスレズ
    野原ノノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
    ニ病気ノ子供アレバ
    行ツテ看病シテヤリ
    西ニ疲レタアレバ
    行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
    ニ死ニサウナ人アレバ
    行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
    ニケンクワヤソシヨウガアレバ
    ツマラナイカラヤメロトイヒ
    ヒデリノトキハナミダヲナガシ
    サムサノナツハオロオロアルキ
    ミンナニデクノボートヨバレ
    ホメラレモセズ
    クニモサレズ
    サウイフモノニ
    ワタシハナリタイ
    • 『〈新潮日本文学アルバム〉宮沢賢治』(新潮社、1984)掲載自筆原稿より

風の又三郎 編集

  • どっどどどどうど どどうど どどう、
    青いくるみも吹きとばせ
    すっぱいくゎりんもふきとばせ
    どっどどどどうど どどうど どどう

銀河鉄道の夜 編集

午後の授業

  • 「ではみなさんは、そういうふうにだと云(い)われたり、の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊(つる)した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指(さ)しながら、みんなに問(とい)をかけました。

ジヨバンニの切符

  • おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんたうの天上へさへ行ける切符だ。天上どこぢやない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれあ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鐵道なんか、どこまででも行ける筈でさあ。
  • 「そんな神さまうその神さまだい。」
    「あなたの神さまうその神さまよ。」
    「さうぢやないよ。」
    「あなたの神さまつてどんな神さまですか。」
  • どうかさま。私のをごらん下さい。こんなにむなしくをすてずどうかこの次にはまことのみんなの(さいわい)のために私のからだをおつかい下さい。
  • 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになつたねえ、どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもう、あのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか、百ぺん灼いてもかまはない。」
    「うん。僕だつてさうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。
    けれどもほんたうのさいはひは一體(いったい)何だらう。
  • 僕、もうあんな大きな闇の中だつてこはくない、きつとみんなのほんたうのさいはひをさがしに行く、どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。
  • 「みんながめいめい自分の神さまがほんたうの神さまだといふだらう。けれどもお互ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだらう。それからぼくたちの心がいゝとかわるいとか議論するだらう。そして勝負がつかないだらう。けれどももし、おまえがほんたうに勉強して、実験でちゃんと本当の考へと、うその考とを分けてしまへば、その実験の方法さへ決まれば、もう信仰も化学も同じやうになる。けれども、ね、ちよつとこの本をごらん。いいかい。これは地理と歴史の辞典だよ。」
  • 僕きつとまつすぐに進みます。きつとほんたうの幸福を求めます。

眼にて云ふ 編集

だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。

農民芸術概論綱要 編集

  • 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない

詩法メモ 編集

詩は裸身にて理論の至り得ぬ堺を探り来る。
そのこと決死のわざなり。
イデオロギー下に詩をなすは、
直観粗雑の理論に屈したるなり。

肺炎詩篇 編集

(一九二九年二月) 編集

われやがて死なん

今日又は明日

あたらしくまたわれとは何かと考へる

われとは畢竟法則(自然的規約)の外の何でもない

からだは骨や血や肉や
それらは結局さまざまの分子で
幾十種かの原子の結合
原子は結局真空の一体
外界もまたしかり

われわが身と外界とをしかく感じ

それらの物質諸種に働く

その法則をわれと云ふ

われ死して真空に帰するや

ふたたびわれを感ずるや

ともにそこにあるは一の法則(因縁)のみ

その本原の法の名を妙法蓮華経と名づくといへり

そのこと人に菩提の心あるを以て菩薩を信ず

菩薩を信ずる事を以て仏を信ず

諸仏無数億而も仏もまた法なり

諸仏の本原の法これ妙法蓮華経なり

帰命妙法蓮華経
生もこれ妙法の生
死もこれ妙法の死
今身より仏身に至るまでよく持ち奉る